〈コラム〉漢字は日本語の核

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倫理研究所理事​長・丸山敏秋「風のゆくえ」第70回

就職希望の大学4年生に簡単な常識テストをしたところ、漢字に直す問題がさっぱりできなかった。「家業をツぐ」「ヒカクにならない」「ハンキョウを呼ぶ」「ジム所」…。中高生でも書けるだろうに、10問中1問しか正解できない学生もいた。

あまりに驚いたので尋ねると、ワープロやスマホばかり使っているので、読みはなんとかできても書けないのだ、と。たしかに漢字は目で見て覚えていても、いざとなったら書けない。自分の手で書く経験を積み、体で覚えるしかないのである。

古代中国で生まれた漢字は、輸入されて日本語表記に用いられた。ひらがなもカタカナも漢字からつくられ、さらに漢字の音と訓をたくみに使い分けながら日本語は表現される。このような特質を持つ文字文化は世界に類例がない。

しかし漢字はあまりに数が多く、大修館の『大漢和辞典』には親文字だけで5万もある。異体字も含めると、17万も18万もあるという。そこで近代日本では漢字を減らしたり、画数を少なくしたり、使用を制限する国語政策がとられた。現在の常用漢字は2136字、小学校で学習する教育漢字は1006字とされる。

しかしそのような制限に意味があるのかどうか。むしろ問題の方が多い。たとえば公示された音訓表では「おもう」は「思」、「うたう」は「歌」、「かなしい」は「悲」と一字の漢字だけに限定されている。これでは日本語の表現力が著しく低下する。あるいは画数を減らすことで、誤った字を教えているケースがある。たとえば器の字の「大」は「犬」と書くのが正しい。どの漢字にも、その一点一画に要素としての意味がある。むやみに簡略化すればいいというものではない。
漢字に親しむ活動もしている財団法人日本漢字検定協会は、1995年に12月12日を「漢字の日」に制定した。「一二一二(いいじいちじ)(いい字一字)」の語呂合わせだという。その日には京都に本部のある同協会が一般募集した「今年の漢字」を発表する。昨年は「金」だった。リオ五輪で日本人選手の金メダルに日本中が沸いたり、相変わらず政治とカネの問題が次々と浮上したり、さらにはドナルド・トランプ次期大統領の金髪の影響もある。

漢字にもっと親しみ、読み書き能力を高めると、日本語の厚みが増す。「祖国とは国語である」とルーマニア生まれの文筆家エミール・シオランは言った。国語を奪われた民族は滅びる。教育の基本も国語の学習である。学力低下や道徳荒廃の原因の一つに、国語教育のレベル低下があるだろう。日本語が痩せ細り、平板なコミュニケーションの道具と化してしまえば、この国の「根の文化」は衰退する。漢字教育が日本語教育の核心であることを再認識したい。

アメリカにも日本人の子供や若者が大勢いる。ぜひ漢字を手で書いて覚え、その文字の成り立ちを楽しみながら学ぶ機会を増やしてほしい。不思議なことに幼児は、画数の少ない漢字よりも多い漢字に興味を示し、すぐに覚えてしまう。漢字学習は右脳を鍛えるにもうってつけだ。もちろん、認知症の予防にも効果抜群である。

丸山敏秋

〈プロフィル〉 丸山敏秋(まるやま・としあき) 1953年、東京都に生まれる。筑波大学大学院哲学思想研究科修了(文学博士)。社団法人倫理研究所理事長。著書に『「いのち」とつながる喜び』(講談社)、『「いのち」の輝き』(新世書房)など多数。

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