【独占インタビュー】中谷美紀

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BOUT. 313

俳優 中谷美紀に聞く

日本人女性も、自らの意思で生き方を選択すると、世界に伝えたい

「猟銃」再演でNYデビュー

現在、ニューヨークはBaryshnikov Arts Centerで絶賛公演中の、井上靖さんの同名小説を舞台化した「猟銃(THE HUNTING GUN)」。主演は、2011年カナダの初演、16年日本の再演時同様、俳優、中谷美紀さんがニューヨークデビューとして務める。90分間、ノンストップで舞台に立ち続け、3人の女性を演じる、1カ月に及ぶロングラン公演。再出演に至った経緯、作品に対する思いなど、お話を伺った。(聞き手・高橋克明)

今回は7年ぶりの再演です。女優としてこの7年は長かったでしょうか、短かったでしょうか。

中谷 7年空いてしまったので1からやり直しだという感じもありますね。ただ、この7年で他の作品も演じてきましたし、人生の経験を重ねたことにより、読解力は増したかもしれません。セリフを記憶するスピードは少しは遅くなったかもしれませんが、その分、脳の回路はたくさんできているはずなので、例えば“りちょうのはくじ”という言葉が出てきたら、すぐにぱっと”李朝の白磁”が浮かぶ。そんな感じで、より具体的なイメージで演じられている気はします。

今回、オファーがあった際のお気持ちはいかがだったでしょう。

中谷 実は7年前に私の中で、この作品を封印したんですね。こんなに大変な作品、もう二度と演じませんって。ですから、どうぞ(私の)衣装も破棄してくださいとお伝えしました。でも今回、あのバリシニコフさんとご一緒にというお話を伺って、つい心が浮き立ちまして。

ミハイル・バリシニコフさんが共演でなければ、OKしなかったかもしれなかった。

中谷 そうだと思います、はい。やはりダンスの世界では生き字引のような、伝説的な方ですから。華やかなバレエの世界から、モダン、コンテンポラリーと、まったく新しいことを表現するということはリスクもあったと思いますが、バリシニコフさんはそれを恐れなかった。今回もまたリスクをとってこの作品にご出演くださる。その現場にご一緒させていただけるのは…鳥肌がたちます。

バリシニコフさんが、今回、三杉穣介という日本人を演じられるのも、また特別なことですね。

中谷 そうですね。日本人を演じるにあたって、日本人の所作であるとか、日本人としてのマインドみたいなものとても大切に探ってくださっていて。というのは、バリシニコフさんは坂東玉三郎さんとのご共演の経験があるんですね。日本で踊りをなさったこともあって、日本文化に対して大変敬意を払ってくださいます。偉大なスターだから何でも知っている、ではなくて、むしろ自分は何も持っていないというスタンスで、ゼロから少しずつ少しずつ築き上げていく。近くで見ていて、ものすごく心が洗われるような現場ですね。

「猟銃」の一場面。三杉譲介役のミハイル・バリシニコフさん(photo : PASHA ANTONOV)

「猟銃」の一場面。三杉譲介役のミハイル・バリシニコフさん(photo : PASHA ANTONOV)

演出はフランソワ・ジラールさん。2011年の初演から、中谷さんにとっては特別な存在かと思います。

中谷 最初は「シルク」という日本とカナダとイタリア合作の、キーラ・ナイトレイさん主演の映画でお目にかかったのですが、その時にこの「猟銃」のお話をいただきました。それまで、私自身、映像以外で舞台に立とうなんて一度も思ったことがなかったですから。「舞台に立つ」という心構えがなかった人間を舞台の上に引き上げてくださった、ある意味、私にとって演劇界の父のような存在ですね。でも、彼はいつも私に「my sister」って語りかけてくれるんですよね、僕の妹、って。(笑)

今回は舞台上で3人の女性を演じられます。舞台裏に、はけずそのまま、まったく年齢も性格も違う3人を演じ分けるのは、あまりにも大変だったと思うのですが。

中谷 例えて言うなら、アッパーイーストサイドからアッパーウエストサイドまで、セントラルパークを綱渡りをしている感覚ですかね(笑)。常に身を削るというか、命懸けというか、実際体に悪いなって思います。昨日も演じている最中に、今、心臓にドクンと不整脈がきたかなという瞬間がありました。真剣に演じるほど、本当に身体に悪い。

「猟銃」の一場面。みどりを演じる中谷美紀さん(photo : STEPHANIE BERGER)

「猟銃」の一場面。みどりを演じる中谷美紀さん(photo : STEPHANIE BERGER)

そして、全編日本語で演じられます。ニューヨーカーの観客に対して、伝わるかどうかの不安はありますか。

中谷 最初はもちろん、日本語で1時間半も話しているのを聞いているだけで、皆さん退屈しないかしら、って正直なところ、思いました。でも、不思議なことに、2011年のモントリオールの時も、ありがたいことに毎回スタンディングオベーションを頂くんですね。その時は、ケベック州だったので、フランス語の字幕テロップが流れていたのですが、途中から字幕見るのやめたとおっしゃる方もいらっしゃいました。やはり日本語の持つ美しさとそのリズムに加え、もともと知的好奇心の高い方、文化的芸術的教養のある方々がお客さんに多いので、そういった意味ではむしろ日本人以上に、ご興味を示されているような印象を受けました。

舞台上から、観客の集中力を感じる時はありますか。

中谷 そうですね、、なんて言ったらいいんでしょう。緊迫した静寂が保たれて、空気が真空になったような感覚といいますか、とてつもない静寂が訪れる瞬間が何度もあって、その時は、あぁ、お客さまが本当に物語に没入してくださっているのだと、ステージ上でも感じる時はありますね。

今回のニューヨーク公演、言葉にするのは難しいと思うのですが、観客には何を伝えたいでしょうか。

中谷 まず、日本の方には井上靖さんが書かれた日本語の美しさを味わっていただきたいですね。あとは、舞台上で着物の着付けをいたしますので、その所作をご覧いただきたい。欧米の方には、私たち日本人の女性も、しっかりと確固たる意思を持っているということ。あからさまには表情に出さないかもしれない、言葉には出さないかもしれないけれども、自己決定をしていく、誰かの影響でなくて、自らの意思で生き方を選択することができるのだということをお伝えできればうれしいですね。

最後の質問になります。先ほど心臓に悪いくらい負担の掛かる演技だとおっしゃいました。1カ月間の長丁場の公演、しかも毎回90分以上の一人しゃべり。映画やテレビに比べて、報酬もそこまでではない。すでに中谷美紀のブランドもできている中、プレッシャーも半端ない。なぜ、舞台に立つのでしょう。

中谷 愚かだからではないでしょうか(笑)。しかも7年前に二度と演じないって決めた役を。でも、やはりフランソワ・ジラールさんって、人たらしなんですね。どんなに不可能と思われることも可能にしてしまうだけの情熱があって、決して諦めないんです。(12年前の)初演の時も、実は5年間お待たせしてるんです。本当に出演すると決めるまで。英語のメールをいただいてもずっと知らん顔していましたら、ついに通訳さんを使って日本語のメールまで来るようになって。

英語、中谷さんペラペラなのに。(笑)

中谷 読めないと思われたのか(笑)。でも、その日本語のメールもずっと放っておいたんですよ。それでも、ずっと送り続けてくださって…まぁ、根負けした感じなのですが。実は今回も(全編)英語で、と言われたので「英語でするには、あと3年いただかないと間に合わないです、できないです」と返信したら、プロデューサーがむしろニューヨークに掃いて捨てるほどあるショーの中で一つくらい、日本語の舞台があってもいいんじゃないか、むしろあった方がいいんじゃないか、とおっしゃって…。

「猟銃」の一場面。薔子を演じる中谷美紀さん(photo : STEPHANIE BERGER)

「猟銃」の一場面。薔子を演じる中谷美紀さん(photo : STEPHANIE BERGER)

ニューヨークという街の印象についてお聞かせください。

中谷 アートに対して、とてもopen-mindedの方が多いですよね。それこそ、こちら(劇場)の稽古していたスタジオのお隣の部屋は、マース・カニングハムとジョン・ケージっていう名前のお部屋なんですね、そうしたアーティストたちが受け入れられる土壌があるのはとてもうらやましいと思います。懐の大きさ、がありますよね。私、グッゲンハイム美術館が大好きなんですけれど、グッゲンハイムやホイットニーのような美術館に人が行列をなしているのが、ニューヨークのとても好きなところです。

最後に在ニューヨークの日本人にメッセージをいただけますか。

中谷 コロナ禍のロックダウンを経て、きっと皆さん困難な日々を乗り越えてこられたと思います。いろいろと規制も解除されて、演劇も皆さんに楽しんでいただけるようになりましたので、ぜひ“日本語”の舞台を楽しみに劇場においでいただけたらとってもうれしいなと思います。

●作品概要

「猟銃」
井上靖さんが書いた芥川賞受賞作品が原作で、2011年に中谷さんの主演で舞台化され、カナダや日本で上演された。今回は相手役に世界的ダンサー、ミハイル・バリシニコフさんを迎え、初めてニューヨークで上演する。
『猟銃』は1人の男、三杉譲介(ミハイル・バリシニコフ)に宛てられた3人の女性(中谷美紀)の手紙で構成された書簡体小説。その3人の女性とは妻のみどり、愛人の彩子、その愛人の娘の薔子からの手紙。この3通の手紙によって13年間にわたる不倫の恋が暴かれていく。
同作は、1949年10月雑誌『文学界』に発表された。第22回芥川賞受賞作品『闘牛』(49年12月雑誌『文学界』発表の2作目)と併録。61年には五所平之助監督により、映画化。

●公演情報
【公演期間】2023年3月16日〜4月15日
【劇場】Baryshnikov Arts Center /Jerome Robbins Theater
(450 W 37th St, New York, NY 10018)
【公演スケジュール】火─土:午後7時半、日:午後2時
【公式サイト】www.thehuntinggun.org

中谷美紀(なかたに・みき)職業:俳優 
1976年生まれ。東京都出身。93年に俳優デビュー。『嫌われ松子の一生』で日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を受賞。同賞の優秀主演女優賞を2度、優秀助演女優賞を3度受賞している。2013年の舞台「ロスト・イン・ヨンカーズ」で読売演劇大賞最優秀女優賞を受賞するなど舞台でも活躍。著書に『オーストリア滞在記』(幻冬舎文庫)などがある。最近の出演作に、Netflix配信ドラマ「Followers」、映画「総理の夫」、WOWOW「連続ドラマW ギバーテイカー」など。日本で映画「レジェンド&バタフライ」は全国公開中。舞台「猟銃」は3月16日から4月15日まで、ニューヨークのBaryshnikov Arts Centerで上演中。
【インスタグラム】@mikinatakanioffiziell

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〈インタビュアー〉
高橋克明(たかはし・よしあき)
専門学校講師の職を捨て、27歳単身あてもなくニューヨークへ。ビザとパスポートの違いも分からず、幼少期の「NYでジャーナリスト」の夢だけを胸に渡米。現在はニューヨークをベースに発刊する週刊邦字紙「NEW YORK ビズ」発行人兼インタビュアーとして、過去ハリウッドスター、スポーツ選手、俳優、アイドル、政治家など、1000人を超える著名人にインタビュー。人気インタビューコーナー「ガチ!」(nybiz.nyc/gachi)担当。日本最大のメルマガポータルサイト「まぐまぐ!」で「NEW YORK摩天楼便り」絶賛連載中。

(2023年3月25日号掲載)

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