吉行和子

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最後の舞台はNYの同じ場所で同じ演目

「ガチ!」BOUT.39

現在、舞台「人形姉妹」に出演のためニューヨークに滞在中の女優、吉行和子さん。同作は30年前にもニューヨークで上演されるなど、吉行さんとニューヨークのつながりは意外と古い。思い出の地で再び大好きな作品を上演できることがとても幸せ、という吉行さんにお話を伺った。
(聞き手・高橋克明)

 

「人形姉妹」30年ぶり、ラ・ママ実験劇場で再演

今回30年ぶりの「人形姉妹」再演という事で、舞台は当時と同じラ・ママ実験劇場ですが、やはりこの劇場には特別な思い入れがありますか。

吉行 やはり俳優にとってニューヨークのラ・ママで公演させていただくって事はそれだけで本当にうれしい事なんです。特に30年前はまるで夢のようなことで、こんな事がありえるのって感じだったんですけれど。30年経って、今みたいな簡単に海外に来られる時代になっても、この場所で当時と同じ芝居をさせてもらえるのは長い女優生活の中で素晴らしいプレゼントをいただいたという感じですね。

30年前、初めてここで公演された時の事は鮮明に覚えていらっしゃいますか。

吉行 そうですね。当時は日本のものというと歌舞伎や能で、それらは安心して受け入れられて、すでに評価をされたりしてたんですが、私たちが持っていったものは糸人形のお人形さんで、歌舞伎と現代劇のセリフがミックスされてという、まったく新しい形式のものでしたから。絢爛(けんらん)豪華な芝居ではないし一体どういうふうに受け止めてくれるか最初は本当に不安だったんです。

当時はアメリカにおいて前衛的なものだったと。

吉行 それが日本で上演した時よりも、皆さん本当に素直に受け止めてくれて。行く先、行く先が本当に面白かったんですよ。全米を回ったなかでいうと特にラ・ママはね、ヒリヒリするような刺激がありましたね。客席からのパワーっていうのはニューヨークが断トツでしたね。

そのニューヨークで今回、再演ですが、今はもう公演真っ最中ですが、観客の反応はいかがしょうか。

吉行 本当に手応えがありますね。台本は30年前と同じですけど、作り方が変わって、多分、今回の方がパワーアップして中身も濃くなりいい出来なんじゃないかと思います。

今回もオール日本語という事で演じる側としては不安もあったんじゃないですか。

吉行 でも、何て言ってるかなんて事はすっとばして、見た目、聞いた音でつかんで楽しんでくださってますね。日本の方の方がむしろ、どういう話なの、何を言いたいのって細かい事が気になっちゃって、芝居自体をぱっと受け止める事が難しいみたいです。アメリカ人の方がそんなの取っ払って、細かい事なしでこの(人形劇という)世界を受け取ってくださっているので、それは私たちにとって新鮮な驚きと喜びでしたね。

字幕やイヤホンで日本語訳をつける必要はないみたいですね。

吉行 そうですね、それに皆さんとってもお人形さんを気に入ってくださってね。大好きみたいなんです。皆さんあまりにも興味を持ってくださって。(笑)

アメリカはパペットを手に入れて動かすので、あの精巧な人形の動きは新鮮に映ると思いますね。

吉行 私たち(出演者)の中で一番人気はお人形さんなのね(笑)。当時はスケジュールに入れてない街までうちのところにも来てほしい、せめてパペットだけでも来てほしいって依頼があったほど。(笑)

人形だけでは舞台は無理ですよね(笑)。いつごろからアメリカでの公演を考えていらっしゃったんですか。

吉行 長く芝居をやっていると、これを持っていつかアメリカに行きたいわねっていうのはもう、合い言葉みたいにあったんですよ。どう受け取られるのかっていうのを知りたい、それは役者としての個人的な欲かもしれませんね。いま私がやっている事が世界に通用するのかしらって。でもなんと言っても30年前の事ですから、歌舞伎でも能でもない前衛的な小さな芝居はねえ、ありえないって思ってたんですよ。…まだ、生まれていらっしゃらないでしょう?

いえ、30年前は生まれてます。(笑)

吉行 まだ赤ん坊? ですから今でこそ蜷川さんとか有名な演出家がシェークスピアなんかを演出して評価されてますけど当時は本当に難しかったですね。

これから来る観客に感じ取って見てもらいたい見どころとかありますか。

吉行 どこを見て欲しいとかはないんですよ。楽しんでもらえたかしらっていうだけですね。ただ不思議な世界を見たな、面白かったなって思ってもらえたらそれだけでうれしいんです。

映画やテレビで吉行さんを拝見させていただく機会が多いのですが、舞台の演技との違いはありますか。

吉行 自分じゃない人間を演じる、表現するという事に関しては同じなんです。ただ、映画やテレビはカメラが撮ってくれますから、ことさら何か表現するとやりすぎ感が出てしまう、だけども舞台は自分から表現していかないと見ている側には伝わらない。だから人間をとらえるという意味ではやはりどちらも難しいですね。

今回の人形劇もまた違う緊張感なんでしょうか。

吉行 それはもう。毎回、毎回ちゃんとできるのかしらって。どんなに稽古(けいこ)してもやっぱり生の舞台っていうのはすごく緊張するもんなんですよ。でもそれがまた刺激的で、面白くて。人間と人間がぶつかるっていうのが一番面白い事ですから。カメラで撮られるよりも大勢の人間の目で見られる緊張の方がより刺激的で、快感でもあるんですよね。だから今まで舞台を続けてくる事が出来たのでしょうけど。

そんな吉行さんが舞台に関しては今回が最後の公演になるという事なのですが。

吉行 そうですね。舞台はすごくエネルギーがいりますから。この先だんだんエネルギーが減っていく自分を見たくないんです。舞台に対する情熱がある意味、今ピークに達しているからこそ、ここで辞めてしまいたい。そして私は舞台をやり続けた女優だったっていうふうに思っていたいんですよ。

なるほど。では残念ですが舞台上の吉行さんを見るのはこれが最後となってしまうわけですね。

吉行 そうです。最後です。でもその最後にこんな素晴らしいチャンスを与えていただけたってこと、まじめに50年以上やってきたのを演劇の神様が見ていてくれてすてきなご褒美を下さったんだなって。今はそんな幸せな気持ちでいっぱいなんです。

最後に、吉行さんにとってニューヨークはどんな街でしょうか。

吉行 大好きなんです、ニューヨーク。住んだ事もないし、言葉も分からないんですけど、初めて来た時から、みんなが生き生きしていて、なんていうのかな「個人」があるって感じが気持ち良かったんですね。湿っぽくないこの街がわたしは大好きなんだなって思いましたね。

◎インタビューを終えて 舞台美術をされた朝倉摂さんのもとで、めいいっぱい演技をする事を「とっても気持ちがいいこと」と答えてくださいました。「最後に黒い布をこう引き抜いていって、その下から赤い色がすーぅって出てきて、客席からあぁってため息が聞こえてくるんです。すごく気持ちがいい瞬間なんですね」。高松宮世界文化賞受賞作品だから、ではなく、ベテラン女優、吉行和子のラストステージだから、でもなく、そこには文字通り言葉の壁を超えた世界があると思うから。当日、感嘆の息を漏らしにラ・ママ実験劇場に行きたいと思います。

吉行和子(よしゆき かずこ)

職業:女優

東京生まれ。女優。劇団民芸に学び、1957年「アンネの日記」で主演デビュー。日本アカデミー賞優秀主演女優賞、毎日映画コンクール田中絹代賞など、舞台・映画での受賞多数。「愛の亡霊」「折り梅」「佐賀のがばいばあちゃん」「おくりびと」などの映画、「MITSUKO」「リア王」などの舞台のほか、「ふぞろいの林檎たち」「ナースのお仕事」などテレビ番組でも幅広く活躍している。「東京俳句散歩」(光文社)など俳人・エッセイストとしても活動。母・あぐりは明治生まれの美容師で朝の連続テレビ小説「あぐり」のモデルともなった。

■公演情報

舞台美術家・朝倉摂演出「人形姉妹」 舞台美術家・朝倉摂が1978年に初めて演出を手掛けた作品「人形姉妹」をラ・ママ劇場で30年ぶりに再演。歌舞伎の「戻り橋」をベースに、糸あやつり人形を絡めて、女の心の2面性を2人の姉妹を通して描いた富岡多恵子の書き下ろし作品。今回は初演と同じく、人形師に江戸糸あやつり人形使いの第一人者、田中純、姉役に今回の公演がラスト舞台となる吉行和子、妹役に人形作りや陶芸でも知られる結城美栄子が出演。【期間】10/23(木)~11/2(日)【会場】La MaMa E.T.C. Annex Theater【ウェブ】www.lamama.org

舞台の一場面。(左から)吉行和子、結城美栄子ら © Photos by Jonathan Slaff

舞台の一場面。(左から)吉行和子、結城美栄子ら © Photos by Jonathan Slaff

 

〈インタビュアー〉
高橋克明(たかはし・よしあき)
専門学校講師の職を捨て、27歳単身あてもなくニューヨークへ。ビザとパスポートの違いも分からず、幼少期の「NYでジャーナリスト」の夢だけを胸に渡米。現在はニューヨークをベースに発刊する週刊邦字紙「NEW YORK ビズ」発行人兼インタビュアーとして、過去ハリウッドスター、スポーツ選手、俳優、アイドル、政治家など、400人を超える著名人にインタビュー。人気インタビューコーナー「ガチ!」(nybiz.nyc/gachi)担当。日本最大のメルマガポータルサイト「まぐまぐ!」で「NEW YORK摩天楼便り」絶賛連載中。

 

(2008年11月1日号掲載)

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