〈コラム〉春になっても支度はできない

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倫理研究所理事​長・丸山敏秋「風のゆくえ」 第58回

2015年は世界各地でテロリズムが頻発する一年だった。

筆者は今月、バングラデシュの首都ダッカにある某大学を訪問する予定だったが、在日本大使館から渡航自粛を要請され、やむなく断念。昨年10月にISを名乗るグループにより、日本人男性が殺害される事件が起きたからである。

1億5000万人以上も人口があるバングラデシュは、イスラム教徒が主体の国だが、穏健で知られていた。ところがそこにもISなど過激派が入り込み、騒動を起こしている。いまやアメリカはもとより日本でも、イスラム教徒に対して厳しい監視の目が向けられていると聞く。今年もテロ事件はさらに増加し、宗教差別の問題が拡がって、新たな紛争や混乱を生むであろう。なんという不穏な時代になったことか。

他方、生活を一変させるイノベーションは、今年も一段と加速するだろう。たとえば近年の産業界でIoTが注目されている。Internet of Thingsの略で、直訳すれば「モノのインターネット」となる。たとえば航空機や自動車のエンジンから発電用タービン、エアコンや照明まで、あらゆるモノがネットワークにつながり、相互に交信や作動の調整、管理を行なうので、デバイス(機器や装置)の効率が飛躍的に上がるという。

世界を変革するこの技術を発見し、開発普及しているのが、日本発のベンチャー企業の「コネクトフリー」である。同社によると、IoTを理解するキーワードは「自律」だとか。産業界に無数にあるデバイスをすべて管理しながら動かすのではなく(そんなことは不可能)、デバイス自身がそれぞれのルールに従って自律的に動いてくれるようにするのがIoTなのだ。モノとモノが会話し、連携し合って、互いの状況を理解するなんて、ちょっと聞いても信じらない。

AI(人工知能)の開発も日進月歩である。AIを搭載したロボットがどんどん製造され、もっと身近な存在になってくるだろう。各国は無人戦闘機や無人自動車の開発にもしのぎを削っているらしい。SFの世界はもう「空想」ではなくなっている。

国立情報学研究所の新井紀子教授の『ロボットは東大に入れるか』によると、AIが人間に取って代わることはないにしても、人間の能力が失われていく面は多々あると予想される。たとえば味覚や嗅覚がそうだし、なにより知性が衰えるだろう。それでは困る。ロボット依存に陥らないよう、今から対策を準備しなければならない。2045年には人工知能が知識・知能の点で人間を凌駕し、科学技術の進歩を担う技術的特異点(シンギュラリティ)が訪れると唱える研究者もいる。

「ロボット」という言葉を創作したのは、1938年に亡くなったチェコの国民的作家カレル・チャペックだという。彼が残した次の言葉がある。| |「これこそほんとうの春だ。いまのうちに支度をしておかないと、春になっても支度はできない。未来はわたしたちの前にあるのではなく、もうここにあるのだ」

今を精一杯生きるのは大事だが、未来はこの今に内含されている。その未来にもしかと目を向けて、着々と支度をしたい。

(次回は2月第2週号掲載)

丸山敏秋

〈プロフィル〉 丸山敏秋(まるやま・としあき) 1953年、東京都に生まれる。筑波大学大学院哲学思想研究科修了(文学博士)。社団法人倫理研究所理事長。著書に『「いのち」とつながる喜び』(講談社)、『今日もきっといいことがある』(新世書房)など多数。

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