〈コラム〉偉人の息吹に触れて

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倫理研究所理事​長・丸山敏秋「風のゆくえ」 第146回

カリフォルニア州のクレアモントは、アメリカ有数の教育都市で、美しく整備されている。ロサンゼルスから車で約1時間と近い。去る4月下旬、筆者はクレアモント大学院大学内にある「ドラッカー研究所」を初めて訪ねた。

「20世紀最高の賢人」「マネージメントの神様」と讃えられたピーター・ドラッカー(1909~2005)については小欄でも幾度か触れた。日本ではいまだにドラッカーの人気は高く、筆者も折々にその著書をひもといては貴重な示唆を得ている。

かつてドラッカーは企業の業績に影響を与える5つの基本原則を説いた
──顧客満足、人材開発、イノベーション、社会的責任、財務力である。同研究所ではこれら基本原則の定量化(スコア化)を実施し、2017年より毎年12月に、米国のトップ企業250社をウォール・ストリート・ジャーナルで発表してきた。

また同研究所には「ピーター・F・ドラッカー伊藤雅俊経営大学院」(ドラッカースクールMBA)が設けられ、ユニークなプログラムを提供してビジネスリーダーを育成している。伊藤雅俊氏はイトーヨーカ堂、セブン─イレブン・ジャパン、デニーズジャパンの設立者で、ドラッカーの助言を活かして堅実な経営を続けた。2人の交友は30年以上に及び、ドラッカー・スクールの運営をサポートするために伊藤氏は2300万ドルを寄贈している。去る3月10日に老衰のため98歳で没した。

ドラッカーは早い時期から、資本主義社会は知識社会になると予見した。知識とは人々のアイデアや発想など従来の財務諸表では把握できない「無形資産」で、それが次の時代の競争力の源泉となる、と。時代はその予見通りに推移していった。

日本の企業活動を高く評価したドラッカーだったが、その保護主義や年功序列という体質は、発展を阻害すると容赦なく批判した。ただし日本人には拠り所となるコミュニティーが必要不可欠だから、企業の終身雇用制度はむしろ残したほうがいいとも述べた。何事にも継続と変化のバランスをとる「易不易の原理」の応用が重要なのだ。

ドラッカーからは、倦まずたゆまず学び続ける必要性を教えられる。知識社会において成果を挙げ得る人間であるためには、スキルを更新する教育を何度も繰り返し受けることが大切だからだ。それが真の意味での「生涯教育」であり、つねに教育に立ち返るこの姿勢こそが、個人のイノベーションを促進してくれると偉人は説いた。

株主の利益の最大化をよしとする考え方は事業における優先順位に混乱を生じさせるとして、ドラッカーが厳しく批判したことも忘れられない。企業とは、人の幸福と社会への貢献を実現する器だからだ。それまさしく倫理経営の精神にほかならない。

筆者がトラッカー研究所を訪ねると、ちょうど大学はオープンキャンパスの日に当たり、幸運にも研究所内を自由に参観できた。そこがドラッカーの仕事場だったわけではないが、仰ぎ見る偉人の息吹に触れる充実した時間は、魂の栄養源になる。クレアモントの空は澄み渡り、陽光がまぶしく輝いていた。

(次回は6月第2週号掲載)

〈プロフィル〉 丸山敏秋(まるやま・としあき) 1953年、東京都に生まれる。筑波大学大学院哲学思想研究科修了(文学博士)。一般社団法人倫理研究所理事長。著書に『「いのち」とつながる喜び』(講談社)『至心に生きる 丸山敏雄をめぐる人たち』(倫理研究所刊)ほか多数。

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