〈コラム〉思考力を鍛えて生きぬく

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倫理研究所理事​長・丸山敏秋「風のゆくえ」 第92回

京都市内に、よく知られた「哲学の道」がある。南は永観堂の北東方向の熊野若王子神社あたりから、北は銀閣寺付近まで続く約1.5キロの散歩道。沿道の樹木は多彩で、四季折々の景色が楽しめる。道に沿って流れる琵琶湖からの疏水は風情に富む。花の時期の桜並木は格別に美しい。
明治になるとその界隈に、文人が多く住むようになった。わけても京都大学に移って独創的な哲学を樹立する西田幾多郎は、深い思索を巡らせながらこの小径を往き来した。後輩哲学者の田辺元も、この小径を歩くのをことのほか好んだ。

金沢出身の西田幾多郎は、学究生活で幾度も挫折を味わい、私生活でも苦渋に満ちた日々を送った。山口高等学校に職を得てからは、禅の修行に打ち込む。晩年に過去をふりかえって、「私の生涯は極めて簡単なものであった。その前半は黒板を前にして坐した。その後半は黒板を後にして立った。黒板に向かって一回転をなしたといえば、それで私の伝記は尽きるのである」と語っている。学問一筋に生きた、ということにほかならない。
その西田は、みずから恥ずかしいと言うほど、食欲が旺盛だった。非常な甘党で、若い頃から菓子と果物には目がない。半世紀にもおよぶ西田の日記には、ことに青年期から壮年期にかけて、間食で菓子を食うことを戒める記載が随所に見える。「雑念、雑言、間食最有害。最大の勇気は自己に打勝つにあり」…。かの謹厳な哲学者も、菓子の誘惑にはなかなか勝てなかった。

それにしても「西田先生、そんなにご自分を責めないでください」と言いたくなる。大脳を存分に働かせて思索に耽るには、大量のエネルギーを要する。そのエネルギーは食べ物から補給しなければならない。筆者が親しくさせていただいた言語社会学の有名な教授は、「集中して書き物をしていると、腹が減ってしょうがないよ」とよくおっしゃっていた。西田のように酒飲みではなく、冬でも汗を流して思索するのなら、高カロリーの甘い物を欲して当然である。

心配なのは、現代の若者たちの方だ。スタイルを気にして、カロリーを減らすダイエットに躍起になっている。栄養が足りないからか、頭が働かずにボーとしている姿を街中でよく見かける。
うつむいてスートフォンばかり見ているのも危うい。情報の洪水に流されながら、刺激に対してただ反応しているばかり。思考力を発揮してモノを考えようとしていないので、さして腹も減らず、小食となり、ますます頭が働かなくなるという悪循環。

このままだと、多くの仕事がAIに奪われてしまうだろう。今でも売れている新井紀子『AIvs.教科書が読めない子どもたち』(東洋経済新報社)にいわく──「累計2万5千人の中高生を対象に調査したところ、多くが中学校の教科書の文章を正確に読めない」。思考力と理解力は釣り合う。「今の日本人の能力の質は、AIに取って代わられるくらいにまで落ちている」。
記憶力ではとうていAIに敵わない人間は、思考力という脳力を鍛えなければ未来はない、と覚悟しなければなるまい。

(次回は12月第2週号掲載)

丸山敏秋

〈プロフィル〉 丸山敏秋(まるやま・としあき) 1953年、東京都に生まれる。筑波大学大学院哲学思想研究科修了(文学博士)。社団法人倫理研究所理事長。著書に『「いのち」とつながる喜び』(講談社)、『ともに生きる』(倫理研究所)など多数。

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