〈コラム〉「おまけ」の人生だからこそ

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倫理研究所理事​長・丸山敏秋「風のゆくえ」 第99回

生物学者の本川達雄氏(1948〜、東京工業大学名誉教授)といえば、ベストセラー『ゾウの時間 ネズミの時間』(中公新書)の著者として知られる。専門は動物生理学で、ナマコなど棘皮動物の皮膚組織研究の権威。なんとシンガーソングライターでもあるという。

本川氏が一般書で広く知らしめたのは、アロメトリー(allometry)という「サイズの生物学」である。生物には体の大きさにかかわらず、2つの指標(たとえば身長と体重)の間で両対数線形関係が生じる場合がある。それからすると、ゾウとネズミでは流れる時間がそれぞれで違うのだ。知らない人のために一席。

ネズミの心臓はバクバクと1分間に600〜700回も早打ちしていて、呼吸も速い。子ネズミが大きくなるまでの時間も早く、子供をすぐに産んで、寿命は短い。他方、ゾウのような大型動物の場合、心臓の打ち方は1分間に20回くらいで、呼吸もゆっくり。子供が産めるようになるまでに時間がかかり、子供を産んで死ぬまでの時間も長い。けれども同じ哺乳類であれば、ネズミもゾウも、一生の間に心臓が打つ回数は約15億回と、平等なのである。

言い方を変えると、ネズミもゾウも、時計が示す時間でいえば共通で、同じベルトコンベアーの上に乗って流されていく。しかしそれは物理学的な時間の見方であって、生物学では違う時間の見方をする。生物はエネルギーを使いながら、それぞれ自分で時間のベルトを回しているのだ。ゾウの場合はエネルギーを節約してゆっくりベルトを回しているから寿命は70年前後。ネズミは自分でやたらに早く回しているから、1〜2年の寿命しかない。

そのようなアロメトリーからすると、人間の寿命はせいぜい50年くらいで、あとは人工的に生み出された時間、いわば「おまけ」なのだ。その「おまけ」は、物質的な豊かさや衛生的な環境という文明生活の賜物である。しかしその文明を維持するのに、どれほど地球の資源を蕩尽していることか。

いまや「人生100歳時代」といわれる。自分のことは自分で出来る元気があれば、誰でも長生きしたい。しかしそのときに、文明生活に感謝しつつ、子孫のことも考慮して、できるだけエネルギーの節約に努める心がけがほしい。

老人の体に関して本川氏は「保証期間を過ぎているのだから、健康な状態が標準との考えはできるだけ持たず、何か病気があるとか体が痛いとかいうことがあってもあまり不幸にだと思わないで過ごしてほしい」と力説している(『産経新聞』2019年5月21日付)。なるほどその通りだと思う。

齷齪という、大変に画数の多い難しい漢字がある。「あくせく」と訓む。時間にせき立てられて落ち着かない様子が伝わってくる。どうかとくに若い人たちは、時間の奴隷になるような生き方をしないでほしい。いつもイライラしたり、ドキドキと心配ばかりしていると、ストレスはたまるばかりだし、寿命も短くなる。

時間のベルトをマイペースで廻しながら、悠然と生きていこうではないか。

(次回は7月第2週号掲載)

〈プロフィル〉 丸山敏秋(まるやま・としあき) 1953年、東京都に生まれる。筑波大学大学院哲学思想研究科修了(文学博士)。社団法人倫理研究所理事長。著書に『「いのち」とつながる喜び』(講談社)、『ともに生きる』(倫理研究所)など多数。

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