〈コラム〉「そうえん」オーナー 山口 政昭「医食同源」

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マクロビオティック・レストラン(17)

八月X日
九時過ぎ、インスブルックのユースを出る。宿泊費十八シリング。(一ドルは約二十シリング)。五十分待ってムスタングをキャッチ。人のよさそうなチェコスロバキア人。途中からスコットランド人も乗ってくる。「どのくらい待っていたの?」というドライバーの質問に、「きのうの朝から」と言っておれたちを笑わせた。気持ちはわかる。ほんとうに、そう言いたいときがある。ドイツ領を通ってザルツブルグに入る予定だったが(インスブルックからザルツブルグに車で行く場合、ドイツ領を抜けて行くほうがずっと早い)チェコスロバキア人はドイツのビザが要るらしく遠回りをする。午後六時ようやく、ザルツブルグのユースに着く。が、二か月前同じユースに泊まったときに今日泊まることを予約し、一週間前には確認のはがきまで出していたのに満員で断わられる。腹が立って急にオーストリアが嫌いになる。仕方がないから郊外のユースに泊まる。三十シリング。午後雨。

八月X日
このあいだ同じ車をヒッチしたスコットランド人とユースで偶然再会する。その彼とユースで知り合った日本人女性二人の計四人で街をぶらつく。夜、ロビーでしゃべっていると日本人らしい老婦人が、小さなリュックを背負って現れる。日本人だった。ひとりでヨーロッパを旅行していると聞いて、一同びっくり。一九〇一年生まれの七十一歳。ひとりで旅するくらいだから英語も上手なのだろうと、スコットランド人に話しかけさせたが彼女が言うとおり、まったくのちんぷんかんぷん。ユーレイルパスを使って二か月旅行しているらしいが自分が行ってきたところ、これから行くところなどちゃんと憶えていて、これは只者じゃないとまた感心する。大きなスーツケースは駅に預けてきたが見兼ねて他人がよく持ってくれる、息子が金を出すと言うから死んでもいいと思って出てきたが、ここまで来ると、やはり畳の上で死にたい、などと言う。みんながあまり騒ぐので、「どうぞ、そっとしておいてください」と言い残して早々と部屋に戻っていった。いっしょにいた女性たちも、「あの年齢になっても、わたしには絶対、無理」と感動していた。

八月X日
チェコスロバキア大使館にビザをもらいに行ったら、パスポートの写真と違うと言われ、仕方なくひげを剃り、散髪する。

八月X日
街(ザルツブルグ)でぼんやりしていると、イスラエルから来たという老夫婦に日本人かと話しかけられる。イスラエルに行きたいと言うと、「テロは、ごめんだよ」とやり返される。然り。(日本人赤軍三人によるテルアビブ空港乱射事件は、それより二か月半前の出来事だった。)赤軍にでも見えたのだろうか? 雨。
(次回は1月12日号掲載)

〈プロフィル〉山口 政昭(やまぐち まさあき) 長崎大学経済学部卒業。「そうえん」オーナー。作家。著書に「時の歩みに錘をつけて」「アメリカの空」など。1971年に渡米。バスボーイ、皿洗いなどをしながら世界80カ国を放浪。

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