〈コラム〉甦らせたい麻の文化

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倫理研究所理事​長・丸山敏秋「風のゆくえ」 第143回

「大麻」と聞けば、禁止薬物のマリファナを連想する人が大半ではないか。大麻が健全な作物の麻(アサ科アサ属)の別名だと知る人は少ない。大麻は危険どころか、太古から日本人の生活に欠かせない植物だった。

縄文時代の早い時期から、麻は日本列島の広い地域に生育していた。縄文土器の模様は大麻の縄でつけられた。各地の遺跡から出土するほとんどの服は、大麻の繊維で作られている。麻の繊維の中でも大麻は柔らかく、吸湿・放湿性に優れている。

大麻には穢れを祓う力があるとされ、神事ではお祓いの御幣やしめ縄に用いられる。天皇が即位したあとの最初の新嘗祭である大嘗祭では、麁服(あらたえ)という大麻の織物がかならず献上される。麻の実は食用にもなるし、植物油を抽出すれば燃料が得られ、車を走らせることもできる。日本の夏の夜を彩る花火も、その助燃剤は麻炭でなくてはならない。

かくも用途の多い大麻の栽培は、戦後、GHQによって厳しく規制されてしまった。大麻取締法はいまだに制定当時(1948年)のままで、無害な品種に対してまでも厳しい制限を課している。ゆえに栽培者は減少の一途をたどり、存続の危機を迎えてしまった。厚生労働省によると、1954年に全国で3万7000人いた栽培者は、2021年にはわずか27人と激減。大麻の扱い一つをとっても、「日本の戦後は終わっていない」と言わねばならないのは悲しい。

ニュースになるのは薬物大麻の事件ばかりである。なんと今では、全国の神社で使われる御幣はもちろん、宮中祭祀で用いられる御幣や麻の用具まで、国産ではなく外国産が主になってしまったという。

そもそも日本の大麻は、乱用できるような危険な品種ではない。乱用の元になるのはTHC(テトラヒドロカンナビノール)という物質だが、THCの含有率は大麻の品種によって違いがあり、日本の大麻はTHCが少なく、無害な品種なのである。最新の検証では、たとえ濃縮しても違法薬物として利用される恐れは考えにくい、との結果が出ている。ならば大麻栽培を解禁すればいいのに、厚労省はかたくなに規制を解こうとしてこなかった。

ところがようやく、事情が変わってきた。つい先日の1月25日に、「大麻草から製造の難病治療薬が使用可能に」と新聞が報道した。政府が今国会への提出を検討している法改正案が判明したのだという。すでに諸外国では、既存の薬が効きにくい難治性てんかんのような患者への治療薬として、大麻草から製造された医薬品が利用されている。法改正によって、わが国でも難病患者が大麻草から製造した治療薬を使用できるようになるのは喜ばしい。

これを機に、薬物乱用のきっかけとなる「ゲートウェイ・ドラッグ」としての大麻は厳しく取り締まりつつ、産業用大麻の栽培と多様な活用に道を開いてほしい。カーボンニュートラルに向けた産業用素材としても、大麻の可能性は多方面に及ぶ。それは日本の国力回復の決め手の一つにもなるだろう。麻と日本人のかかわりが本来の健全な良い姿に戻るよう切に願いたい。

(次回は3月第2週号掲載)

〈プロフィル〉 丸山敏秋(まるやま・としあき) 1953年、東京都に生まれる。筑波大学大学院哲学思想研究科修了(文学博士)。一般社団法人倫理研究所理事長。著書に『「いのち」とつながる喜び』(講談社)ほか多数。最新刊『至心に生きる 丸山敏雄をめぐる人たち』(倫理研究所刊)。

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