〈コラム〉決断できないときの秘策

0

倫理研究所理事​長・丸山敏秋「風のゆくえ」 第85回

経営とは迷いと決断の連続である。迷わずに済みたいのなら、経営者にはならないことだ。Aにするか、Bにするか、AでもBでもない別の選択肢はあるのか。進むか退くか…? いくら迷っても、どこかで決断を下し、その行為に責任を持つのが経営者である。

決断を下す前に求められるのは、確かな判断である。判断力を欠いた決断では、威勢はよくても、望ましい結果は伴わない。判断力とは、物事が正しいのかどうか、為すべきかどうか、いつ為すのか等々を、できるかぎりトータルに評価できる力である。それを発揮するには、当の物事や状況を正確に認識する能力を磨いておかねばならない。私利私欲が混入すると、認識が変質してしまう。

勝負の世界となると、経営にも増して迷いと決断の連続である。永世七段に輝き、国民栄誉賞を授賞した羽生善治九段は、将棋を指す上で一番の決め手になるものは何かと問われたら、決断力と答えるそうだ。大局中は決断の連続であり、その一つ一つが勝負を決する。

経験を積み、判断材料や内容が増えると、たくさんの視点から判断して決断を下せるようになるが、かならずしもうまく運ぶとはかぎらない。羽生九段は言う。

私はそこに将棋の面白さの一つがあると思っているが、経験によって考える材料が増えると、逆に、迷ったり、心配したり、怖いという気持ちが働き、思考の迷路にはまってしまう。
将棋にかぎらず、考える力というものはそういうものだろう。何事であれ、一直線に進むものではない。
(『決断力』角川新書)

一つの局面を長い時間をかけて考えるのを棋界では「長考」と呼ぶそうだが、そうすればうまくいくわけでもない。1時間以上の「長考」は、考えるというよりも迷っているのだという。だからどこかで、サッパリと迷いを捨てなければならない。いつどこで捨てるかの決断が難しい。

冷静に考えつづけ、多方面から判断を試みたけれど、どうしても決断できない場面がある。買うか買わぬか、融資を受けるか否か、店舗を増やすか現状維持か…。そうした二者択一でとことん迷ったときの、一つの有効な決め技がある。

その仕事とは無関係の第三者に、あっさり尋ねてみるのだ。もっとも好ましい相手は、人生のパートナー、すなわち配偶者である。妻(あるいは夫)に「どっちを選んだらいいだろう?」と尋ねてみる。詳しい説明などしても相手は理解できない。それがいいのだ。ひらめきやイメージで選んでもらう。とことん考えても自分では決断できないのだから、配偶者の言うことを「天の声」と思って従えばいいではないか。

この秘策で好ましい結果が出た、という人を何人も知っている。もちろんいつも反目し合っている夫婦では、尋ねることすらできない。せめて腹蔵なく話し合える夫婦でなければ、この決め技は通じない。

なになに、夫婦関係の修復の方がもっと困難な課題だと!? その極意であれば、また別の機会に譲るとしよう。

(次回は5月第2週号掲載)

丸山敏秋

〈プロフィル〉 丸山敏秋(まるやま・としあき) 1953年、東京都に生まれる。筑波大学大学院哲学思想研究科修了(文学博士)。社団法人倫理研究所理事長。著書に『「いのち」とつながる喜び』(講談社)、『「いのち」の輝き』(新世書房)など多数。

●過去一覧●

Share.