苦難は成長のための筋トレ 「草加せんべい」の伝統守りつつ革新

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倫理研究所法人アドバイザー 「山香煎餅本舗」創業者・会長 河野武彦さん

〈インタビュー〉

「山香煎餅本舗」創業者・会長 河野武彦さん

日本の伝統的な菓子の一つ、埼玉県草加市の名産「草加せんべい」。株式会社山香煎餅本舗は、地域の伝統を守りつつ多彩な新商品を展開、手焼き体験施設も開設し、地元はもちろん外国人観光客にも人気を集めている。「伝統を守るための革新」を続けてきた創業者・会長であり、倫理研究所の法人アドバイザーでもある河野武彦さんにこれまでの軌跡についてお話を伺った。

◆ ◆ ◆

工場での修行時代

山梨県の農家に育った河野さんは高校を卒業後、甲府駅前デパートの紳士服売り場に勤めていたが、ある日友人に誘われて東京の煎餅店に住み込みで働くことになった。仕事は早朝4時半から夜9時ごろまで続き、日曜は親戚の経営する中華料理店を手伝うという生活だった。期間限定の3年間を終えると、煎餅の本場である埼玉県草加市のあられ工場に転職した。

バラックで始まった起業

そのあられ工場も1年間の期間限定だったため退職。眠る暇もなく働いた4年間で得た貯金を手に「ぶらぶら」していると、「草加せんべい」を製造する知り合いの夫婦に「遊んでいるなら、煎餅を売ってくれないか」と頼まれる。河野さんが営業をすると、煎餅は次々に売れて製造が追いつかなくなり、自身も製造を始める。そして少しずつ社員も増えたころ、現在の本社がある地にバラックの工場を建て、隣に中古のプレハブを組み立ててマイホームを作った。「思えばそれが起業でした」と河野さんは振り返る。

多彩な種類の商品が並ぶ山香煎餅本舗の店内

多彩な種類の商品が並ぶ山香煎餅本舗の店内

3度の経営危機

同社は今でこそ草加市以外に東京・銀座の一等地にも店を構える人気店だが、これまで順風満帆だったわけではない。経営危機は3度あった。

1度目の危機は取り込み詐欺に遭った時。店が徐々に大きくなったころ、何度も現金で仕入れていた東京の卸業者から、「今後も購入するため月締めにして請求書払いにしてほしい」と依頼された。大量の仕入れにありがたいと思いながら集金に訪れると、事務所はもぬけの殻だった。社員の給料や材料費が払えなくなり、会社が倒産しかける。この経営危機は「妻がコツコツ貯めていたお金を全て吐き出してもらい、足りない分は取引先に少し待ってもらって」乗り越えた。

「無知で、時代を見抜けなかった」と自省し、その後も励むと会社も軌道に乗る。すると今度は野放図な自分が顔を出す。友人との付き合いも増え、クルーザーを買って海にいくなど「好き勝手に遊び過ぎました」(河野さん)。これが2度目の経営危機を引き起こす。経営が苦しくなり、年長者に相談すると「遊びを全て捨てて、経営の勉強をしろ」とアドバイスされた。素直に従い、仕事に真摯(しんし)に向き合うと、失いかけた社員の信頼も取り戻した。

3度目の危機は「時代の流れ」。スナック菓子の台頭で、昔ながらの煎餅の人気が低下し始める。同業者は次々に閉店していく状況だった。そこで東京の老舗和菓子店に手紙を書いて会いに行くと「伝統とは革新の連続だ」という言葉を得る。時代によって商品から売り先、売り方も変えていかなければ生き残っていけないということだ。そこで商品開発、販路開発を徹底的に行った。米の形状を残した軽い食感の「おこげせんべい」を開発。売り上げが瞬く間に伸び、危機を乗り越えた。

多彩な種類の商品が並ぶ山香煎餅本舗の店内

多彩な種類の商品が並ぶ山香煎餅本舗の店内

苦難は成長のため

現在、店には堅焼き煎餅だけでなく、チョコレート煎餅など多彩な種類の商品が並ぶ。東日本大震災時に被災地に煎餅を届けたことがきっかけで、煎餅の非常食セットも開発した。また「モノからコトへ」の時代に合わせ、煎餅の手焼き体験ができる「草加せんべいの庭」を開設。カフェも併設し、子供や外国人に受けている。

「東京・銀座店」の外観(提供)

「東京・銀座店」の外観(提供)

そして「草加市や草加せんべいのイメージを高めたい」と昨年、東京・銀座店をオープン。「銀座は家賃が高いから苦戦しています。4度目の危機かもしれません」と言いながらも笑顔の河野さん。倫理法人会で学んだ「目の前に起こることは、あなたを成長させるために起きる」という言葉を実感しているという。「苦難は成長のための筋トレみたいなものかな。(新しい挑戦を)楽しんでいます」と話す。

多彩な種類の商品が並ぶ山香煎餅本舗の店内

多彩な種類の商品が並ぶ山香煎餅本舗の店内

お返しの人生

河野さんが長男・文寿さん(現社長)に会社を譲る時、三つの条件を出したという。まず「社員を幸せにできるか」そして「取引先を幸せにできるか」と「お客さまを幸せにできるか」。経営理念である「お客さまの喜びをわが社の喜びにする」という考えを次世代にも引き継ぐ。

「あなたは多くの人にお世話になり今があるので、残りの人生は世のため人のために尽くしなさい」と妻から言われているそうだ。

多彩な種類の商品が並ぶ山香煎餅本舗の店内

多彩な種類の商品が並ぶ山香煎餅本舗の店内

●プロフィル●
河野武彦(こうの・たけひこ) 山香煎餅本舗。山梨県生まれ。東京と埼玉県草加市で修業を積んだ後、1971年に株式会社山香煎餅本舗創業。76年に和菓子製造販売の山香庵創業。2007年長男・河野文寿氏に社長を譲り、会長に就任。08年手焼き煎餅体験施設「草加せんべいの庭」を開設。17年には銀座に店舗をオープンする。埼玉県草加市倫理法人会には1997年に入会、2006年に会長。10年埼玉県倫理法人会会長。17年より一般社団法人倫理研究所法人アドバイザー。草加商工会議所常議員。一般社団法人彩の国農産研究所代表理事。

(2018年10月13日号掲載)

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