〈コラム〉憂さを晴らすユーモア

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倫理研究所理事​長・丸山敏秋「風のゆくえ」 第114回

ずいぶん前に仕事でロサンゼルスに行った帰路、JALの座席のライトが点灯しなかった。離陸して映画を観ようとしたら、イヤホンから音は出ず、画面も消えたままだ。その座席だけ、電気系統が故障していたのである。

シートベルトサインが消えてから、席を替えてもらった。すると食事のあと、スチュワーデス(当時の呼び方)が満面の笑みを浮かべて、「ちょっとあちらにお越しになりませんか。機長がお呼びです」と。連れて行かれたのは、機体の最前方のコックピット(操縦室)だった。

大柄な黒人の機長が操縦席から立ち上がって、「先ほどはご迷惑をかけましたね。よかったらここに座りませんか」と早口の英語で言い(たぶんそう言ったのだ)、笑いながらシートを指さす。「あなた、アメリカ人?」「そうだよ」「いいのかな?」「いいのさ。自動操縦だから心配ない。ただし、3分だけだよ」とウインクする。

その好意に甘えて、初めての経験をさせてもらった。上空は蒼く澄み渡り、眼下には一面に雲海が輝いている。まるで宇宙飛行士になった気分で、動かない操縦桿を握り、3分間を楽しんだ。

そうした温かいフレンドリーな対応ができるのは、アメリカ人のスゴいところだと感心する。日本人の機長だったら、こんなサービスはまずしないだろう。

機長といえば、2009年の1月15日にニューヨークのラガーディア空港を飛び立ったUSエアウェイズ1549便が、エンジントラブルで凍てつくハドソン川に不時着水した。乗客乗員155名は全員が無事。“ハドソン川の奇跡”と讃えられるその事件を、クリント・イーストウッド監督がトム・ハンクス主演で映画化し、これも話題になった(2016年公開)。

奇跡を起こした機長として一躍ヒーローとなったチェスリー・サレンバーガー氏(ニックネームはサリー)は、副操縦士のジェフ・スカイルズと共に、事故調査委員会の厳格な調査を受ける。元の空港に引き返したり、ニュージャージーの空港への避難も可能だったのではないかと追求される。議論の場は公聴会に移され、結局は2人の判断が正しかったと証明された。

その緊張の余韻が残る中で、「もう一度あのような場面に遭遇したら同じように行動するか?」と尋ねられた副操縦士は「いや」と言い「今度は7月にしてもらいたい」と。場内大爆笑。見事なジョークである。

今年のコロナ禍によって、日本は重苦しい空気に覆われたまま、秋を迎えようとしている。だからこそ、低俗なお笑いやダジャレではなく、周囲の緊張を緩め、爽やかにするような会話や、ユーモアやジョークがもっとほしい。日本人には苦手なそれを訓練するのに、また先が見えないコロナ禍は、時期として悪くないのではないか。

そういえば7月に米寿を迎えられ、一人暮らしの部屋に籠もってライフワークの著作完成に余念のない筑波大学の竹本忠雄名誉教授から、やや自嘲気味のこんな川柳(?)がメールで届いて頬がゆるんだ。

老生は 歳と持病で いちコロナ

(次回は10月第2週号掲載)

〈プロフィル〉 丸山敏秋(まるやま・としあき) 1953年、東京都に生まれる。筑波大学大学院哲学思想研究科修了(文学博士)。社団法人倫理研究所理事長。著書に『「いのち」とつながる喜び』(講談社)、『ともに生きる』(倫理研究所)など多数。

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