〈コラム〉悪魔の詩

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倫理研究所理事​長・丸山敏秋「風のゆくえ」 第138回

去る8月13日の朝、ネットニュースを眺めていたら、ある記事に目がとまった。──「イスラム教の預言者ムハンマドを描いた小説『悪魔の詩』で知られる作家のサルマン・ラシュディ氏(75)が12日、米東部ニューヨーク州で開かれた講演イベントで男に突然襲われた…」

ラシュディ氏はインド出身で英国籍を持ち、2016年に米国の市民権を得て、ニューヨークで暮らしていた。なんでもその日はニューヨーク州北西部のショトーカにある教育施設で講演者として紹介された際、壇上に駆け上がってきた刃物を持つ男に襲われた。首と胸を刺される重傷を負い、24歳の容疑者ハディ・マタールはその場で取り押さえられたという。

この事件の報道に筆者は強いショックを受けた。日本でも1991年7月に、『悪魔の詩』を翻訳した筑波大学助教授の五十嵐一氏が、深夜の学内で、何者かによって、惨殺されたからである。とくに遺体の首には頸動脈を切断するほどの深い傷があり、「イスラム式の殺し方」だという。

1988年に出版された『悪魔の詩』にはムハンマド(マホメット)を揶揄した内容があり、イスラム世界の強い反発を招いた。当時のイラン最高指導者だったホメイニ師がイスラム教を冒涜しているとして、89年にファトワ(宗教令)を出して死刑を宣告。イランの宗教財団は、ラシュディ氏殺害に330万ドルもの懸賞金をかけていた。

この問題小説を1990年(平成2年)に日本語に翻訳出版していた五十嵐助教授と、筆者は懇意にしていた。東京大学理学部数学科を卒業した彼は、転身して同大学院美学芸術学の博士課程を修了。イスラム学の泰斗である井筒俊彦氏の愛弟子となり、イランに留学。イラン革命が起こった1979年まで、イラン王立哲学アカデミー研究員を務めていた。

筆者はある国際シンポジウムで、帰国して間もない五十嵐さんを知り、そのたぐいまれな語学力と学識に舌を巻いた。実に陽気でユーモア精神に富むが、批判の舌鋒たるやまことに鋭い。当時の五十嵐さんはまだ正規の就職口がなかった。筆者は筑波大学で非常勤講師をつめていたので、親しくなった五十嵐さんの恐るべき才能を同大学の某教授に伝えたところ、それが採用の一助となったらしい。

『悪魔の詩』は文学であって、イスラム教を冒涜したものではないと五十嵐さんは確信していた。その正義感と熱血精神が仇(あだ)になったのだが、さぞ無念だったろう。彼のような世界に通用する優秀な研究者が、44歳という若さで葬られてしまったことが悔しくてならなかった。同事件は2006年7月に時効が成立し、未解決事件となっている。

筆者はイスラム教に詳しくないが、好戦的な宗教とは思っていない。しかし、教えが冒涜されたとなれば、なんとしても相手を抹殺しようという執念たるや、30年を過ぎても衰えることはないのだ。

しかし、敵対する者は消し去るという暴力行為がまかり通れば、社会は秩序を保てないし、宗教も根底から崩れてしまう。短絡的で独善的な行為の誤りを、イスラム世界は思い知り、自浄しなければならない。

(次回は10月第2週号掲載)

〈プロフィル〉 丸山敏秋(まるやま・としあき) 1953年、東京都に生まれる。筑波大学大学院哲学思想研究科修了(文学博士)。一般社団法人倫理研究所理事長。著書に『「いのち」とつながる喜び』(講談社)ほか多数。最新刊『至心に生きる 丸山敏雄をめぐる人たち』(倫理研究所刊)。

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