〈コラム〉防犯と防災

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倫理研究所理事​長・丸山敏秋「風のゆくえ」 第155回

都内千代田区の紀尾井町通りに面して筆者が勤務するビルがあり、そのすぐ先には田崎真珠で有名なTASAKIの店舗がある。外から垣間見ても、数々のゴージャスな真珠やダイヤモンドの宝飾品が展示されているらしい。顧客の団体がよくバスで乗りつけている。

日本の高級品を売る有名店は、いかめしくガードされていない。強盗に襲われる事件もめったに起きない。だから昨年5月8日に東京・銀座の時計店で起きた盗難事件は連日のニュースになった。

作業員で19歳の男は、仲間と共謀して押し入り、店員にナイフを突きつけて脅しながら、およそ3億円相当の高級腕時計など74点を盗んだ。逮捕されたその男は、すでに初公判で起訴内容を認めている。

その事件を、元国連職員で著述家の谷本真由美さんが、『世界のニュースを日本人は何も知らない⑤』(ワニブックス)で採りあげている。日本の平和ボケをあらわす典型例のひとつだ、というのである。

ニュース映像で見たところ、事件の最中に何事もなかったかのように、店の前を歩いている人が大勢いた。しかもコスプレした強盗たちを、スマホで撮影していた人までいる。映画かテレビドラマの撮影と勘違いしたのだろう。

ヨーロッパの強盗集団やテロリストは、銃や爆薬やナタのような凶器をもっているのが常なので、事件に遭遇した人はまず逃げる。そんな場面に備えて、両手が使えるよう、普段からリュックを背負っている人が多い。

欧米では、コスプレした人間の中に危険人物が少なくない、と考えられている。日本人にその感覚は乏しく、興味深げに近づいたりする。銀座の事件では逮捕に当たった警官たちが、ほとんど丸腰に近い状態で、ボディーアーマーなどの防護を身につけていなかったのも驚きだったという。

危険な事件は日本でもこれから増えるだろう。セキュリティー対策をもっと強化すべきだとは思う。犯罪抑制には、監視カメラや顔認証やAIの活用が有効だと聞く。しかし相手も巧妙に、監視の網をくぐり抜け、いたちごっこはつづいていくだろう。そんな不安で窮屈な世の中になると思うと心は波立つ。

落ち着くためにはまずなにより、日本の凶悪犯罪の発生率は諸外国に比べて格段に低いことを再確認しよう。グローバルノート「世界の殺人発生率 国別ランキング・推移」によれば、日本の人口10万人当たりの殺人発生件数は0・23件で、世界全体の151位である(NYも減少してきたという)。

だからといって安心して平和ボケに陥らないようにしたい。日本人の安全に対する認識は、国際水準から大きく外れていて非常に脆弱だと心得よう。「人を見たら泥棒と思え」とは嫌な言い方だが、海外ではそのつもりで出かけた方が無難だ。

凶悪犯罪の発生は少なくても、日本は地震列島で、いつどこで大きな災害に遭遇するかわからない。危機管理という点では、防犯も防災も共通している。平素からの物の備え、行動の備え、心の備えが、いざという時にものを言うのである。

(次回は3月第2週号掲載)

〈プロフィル〉 丸山敏秋(まるやま・としあき) 1953年、東京都に生まれる。筑波大学大学院哲学思想研究科修了(文学博士)。一般社団法人倫理研究所理事長。著書に『「いのち」とつながる喜び』(講談社)『至心に生きる 丸山敏雄をめぐる人たち』(倫理研究所刊)ほか多数。最新刊『朗らかに生きる』(倫理研究所刊)。

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