〈コラム〉文明の凶器

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倫理研究所理事長・丸山敏秋「風のゆくえ」 第42回

物語を読み聴かされると、子供は言葉に刺戟されて脳裏にイメージを描く。だが、テレビは音声と映像がセットのため、イメージをつくり出す必要がない。テレビばかりみていると、イメージ喚起力、つまり想像する脳力が発達しなくなる。すると、他人の気持ちや考えもわからず、おのずと自己チュー人間になってしまう。
テレビ先進国のアメリカでは、1999年に全米小児科学会が勧告を出した。「脳の発達を妨げる恐れがあるので、2歳未満の幼児にはテレビを見せるべきではない。2歳以上の子供でも、良質の番組を一日に1~2時間程度に制限するように」と。遅まきながら日本小児科学会でも2004年に児童も対象にしたより詳しい勧告を発したが、効果のほどは明らかでない。
それから10年、脳力低下の問題はテレビの害どころではなくなった。言うまでもなく、インターネット端末の爆発的な普及によるものである。とくに中高生の間で、「中毒」に等しいネット依存症が急増している。それは世界的な傾向だという。
11年7月に、国立病院機構久里浜医療センターで日本で初のネット依存治療専門外来が開設された。神奈川県横須賀市にあるそこには、予想以上の患者が遠方からもやってくる。半数近くが中高生とその保護者だ。依存傾向の人は日本だけでも300万人近くになるというから驚く。
常に誰かとつながっていたい――。その思いが昂じると、ネット依存に陥ってしまう。メールをチェックしないと落ち着かないのでスマホが手放せない。食事もほどほどに長時間やり続けると、低栄養と運動不足により、10代、20代でも筋力低下や骨粗鬆症を引き起こす。オンラインゲームに没頭すると、昼夜が逆転して学業に支障をきたす。さらには不眠や抑うつ状態に悩まされるようにもなる。
そんな若者たちがこれ以上増えていったら、国力低下どころの話ではない。大至急、対策を講じなければならない。ネット依存の研究や治療はまだ始まったばかりで、この病気の全貌は見えていないのである。
懸念されるのは、依存症だけではない。出会い系サイトによる性暴力被害、学校裏サイトによるネットいじめ、SNS(ソーシャルネットワーキングサービス)による人間関係のストレスやトラブル、あるいは神待ちサイト(家出少女などが宿泊場所を探すための事実上の援助交際サイト)等々、常軌を逸した危険なワナに子供たちは日常的に巻き込まれているのだ。
アインシュタインのこんな言葉が伝わっている。――「もしも自分の子どもにアタマがよくなってほしいと思うなら、おとぎ話を聴かせてあげなさい。もっとアタマがよくなってほしいと思うなら、もっとおとぎ話を聞かせてあげなさい」
1955年に逝去した大天才はネット社会の到来など予想しなかったろう。この現状を見たら、果たして何と言うだろうか。もはや家庭・学校で読み聞かせの時間を増やすだけでは対処できない。法的な規制強化は不可欠である。大人もお手本を示し、依存傾向から脱する必要がある。文明の利器は凶器にもなると再認識したい。
(次回は10月第2週号掲載)maruyama
〈プロフィル〉 丸山敏秋(まるやま・としあき)
 1953年、東京都に生まれる。筑波大学大学院哲学思想研究科修了(文学博士)。社団法人倫理研究所理事長。著書に『「いのち」とつながる喜び』(講談社)、『今日もきっといいことがある』(新世書房)など多数。

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