〈コラム〉備えだけは万全に

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倫理研究所理事​長・丸山敏秋「風のゆくえ」 第62回

4月の日本列島は、桜前線の北上と共に、うららかな春の陽気に包まれていく好季節である。しかしまさか、九州の熊本県を中心とする大地震が発生するとは…。

すでに報道されていた通り、先月の地震には今までにない特長があった。14日に発生したようなM6.5規模の活断層型地震の後に、それを上回る「本震」が発生した記録は、いまだかつて存在しなかった。ゆえに別の活断層による地震がさらに誘発される可能性があり、その後の地震活動がどうなっていくかわからないため、住民の不安は増幅した。

さらに恐ろしいことに、南海トラフ巨大地震につながる可能性までも報道された。関係は少ないとの指摘もあるが、もしこの巨大地震が発生した場合、死者数が最大で40万人、被害額は100~150兆円にのぼると推定されている。

日本列島は世界に類を見ない豊かな自然を誇る。山紫水明の美しさ。気候帯は亜寒帯から亜熱帯まで広がり、世界の地勢のほとんどがこの列島にはある。清流の水をそのまま飲める国も珍しい。国土の周辺には寒暖四つの海流が走り、海の幸にも山の幸にも恵まれ、ほぼ均等に巡る四季の旬の味を堪能できる。

しかしこの国土は、火山列島でもある。太古の昔から無数の大地震や火山の噴火が発生し、祖先たちは時に襲い来る災害と対峙してきた。穏やかな自然に親しんで「和」の文化をはぐくむ一方、荒々しい自然とも向き合うことで、日本人の強靱な精神力が養われた。

台風も大災害をもたらすが、季節的なものだし、今では進路がかなり予測できる。ところが地震の場合、予兆はあるにしても、規模も場所も特定するのは難しい。九州では昨年、阿蘇山や霧島山(新燃岳)、そして桜島の噴火活動が活発になり、警戒レベルが上がった。それらは大地震の前兆だったのかもしれないが、専門家も九州中部の地震を予知できなかった。5年前の東日本大震災のあと、日本地震学会が「大地震は予知できない」と発表したのを思い出す。
堅固な岩盤の上に栄えるニューヨークに、地震はまず起こらないとよく聞く。だが、まさかお忘れではありますまい。5年前のバージニア地震でかなり揺れたことを。ワシントンでは地震だと認識できず、「9.11」テロの記憶と重ね合わせた人々がパニックに陥ったと伝えられた。

人生には「三つの坂」があるという。上り坂に下り坂、そして「まさか」という坂。この3番目の坂に対しては、平素からの備えを万全にするしか対処のしようがない。ところが悲しいかな、のど元過ぎれば熱さを忘れてしまう。

大災害の備えにはまず三つあるだろう。(1)物の備え(2)行動の備え(3)心の備えである。最低限の水と食料と燃料は自宅や会社に常備したい。いざという時にどう動くか、非常の場合の避難先や連絡先を決めておくといい。そして、何が起きても動じない覚悟を定めておくことだ。

そうした備えを万全にするのは、大変動の時代を生きる現代人のモラルだと思う。災害は、地震だけではないのだから。

丸山敏秋

〈プロフィル〉 丸山敏秋(まるやま・としあき) 1953年、東京都に生まれる。筑波大学大学院哲学思想研究科修了(文学博士)。社団法人倫理研究所理事長。著書に『「いのち」とつながる喜び』(講談社)、『「いのち」の輝き』(新世書房)など多数。

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